【中津川栗食文化】恵那山と木曽川にはぐくまれた中津川の大地は、山の幸に恵まれた大地です。その山の幸をふんだんに使った独特の食文化が生まれました。山には山栗がたわわに実っていたのでしょう。大自然の中で育った甘くおいしい山栗は、料理やお菓子に使われました。その代表が「栗きんとん」や「栗こわめし」です。栗こわめしとは、栗で炊くおこわのことで、当地方では、今でもお祝い事には欠かせない料理のひとつです。江戸時代にはすでに名物として知られており、十返舎一九に「渋皮のむけし女は見えねども 栗のこわめしここが名物」と歌われました。【旦那衆をうならせた栗きんとん】栗と砂糖だけで作る栗きんとんは、江戸時代に誕生したと伝えられています。江戸時代、東濃一の商業都市にまで発展した中山道46番目の宿 中津川。東西の文化が入りやすかったために粋を好む文人が多く、江戸後期には旦那衆の間で俳諧や茶の湯が流行します。茶会や句会で重要なのが「お菓子」。舌の肥えた旦那衆をうならせる菓子を作るために、菓子職人たちは試行錯誤を繰り返し、出来上がったのが栗きんとんだといわれています。材料は栗と砂糖だけ。究極にまでシンプルな材料と素朴な形のお菓子は、でしゃばりすぎず、かといって地味すぎず。かわいらしい形の栗きんとんは、茶会・句会に欠かせないお菓子になって行きました。【さらに時代は下り】第二次世界大戦後、菓子職人たちは少ない配給の中から栗きんとんを作りはじめました。戦後の復興とともに、中津川は工業の町へと姿を変えていきます。日本全国からやってくるビジネスマンたちは、栗きんとんをお土産にし帰路に着きました。和菓子職人が心をこめて一つ一つ丁寧に作り上げる栗きんとんのおいしさは、口コミで広がっていきました。







